切れ痔
今から一週間から十日くらい前だったと思う。
いつものように毎日の日課でトイレに赴き、用を足していると、何か普段とは違う妙な感覚があった。
瞬間あ、と思う。これはやっちまったかと。
以前から、力みすぎるとちょっと切れることはあった。かすかな痛みを伴うが、それでも拭くとほんの少し血がつく程度だった。
しかし、人間のお尻周辺というのは割と鈍感なもので、何か痛みがあるというのは分かるものの、程度までははっきりしない。なので、目で確認しようと思い、腰を浮かせて、そして仰天した。
便器が真っ赤に染まっている。恐る恐る拭いてみると、べっとりと血が……
正直ここまで大量に出血したのは記憶になかったので、かなり慌てた。慌ててはいたもののすぐにネットで「下血」で調べる程度には理性を保ってはいた。
調べて分かったのは、鮮やかな赤の血が付着している場合は出口周辺のおそらくは裂傷なので、そこまで心配するには及ばない、と。これが赤黒い色をしていたりすると大腸癌などの可能性があるとのこと。
ということで、まあ切れ痔の一種だなと。だとすると今すぐできることもないので、経過観察というか、そっとしておくことにした。
幸いにも、日を追うごとに出血の量は減っていて、今はほとんど赤色は確認できないくらいになっている。
ただ切れ痔って癖になるからねえ。今後あまり気張らないように用心しないと。でもつい忘れちゃうんだよな。
皆様もお気をつけ下さい。ほんとに一瞬力の入れ具合を間違えただけでピッと切れますから。ピッと。
地方の実情 - お店編 -
日記といっても昨日の話なのだけど、病院の帰りに何気なく車の窓から外を眺めていた。
あちこちの店が潰れている。
スーパーとか、本屋とか、文房具屋とか。馴染みのある店が軒並み無くなっている。*1
そしてその跡地には、決まってコンビニかドラッグストア。
とにかく、ちょっと走っただけで、コンビニ、ドラッグストア、ドラッグストア、コンビニ、コンビニ……(以下無限ループ)
殺風景なんてもんじゃない。ここまで同業種の店が密集しているのはあまりにも異様だと思わざるをえない。そもそもこんなに密集していたら採算も取れなくなって共倒れになったりしやしないか。いらんお世話か。
近年地方では、少し駅周辺の中心から離れるとこの2種の店か典礼会館みたいなホールばかりである。では中心部はどうかというと、昔からあった商店街の店はやはりどんどん無くなり、代わりに入るのは居酒屋とか飲み屋とかばかり。
もうこうなると外出しようという気力も失せてくるのは仕方ない。そうやって出歩かなくなる人が増えると中心部はちょっと怪しい人達の溜まり場みたくなって段々治安が悪くなっていく(もうなりかけている)。
わりかし観光資源があるうちの街でさえ、外国人観光客もほとんど見ない。あれも賛否あるけど。もっと寂れている所とか想像以上に酷いんだろうな。
勿論我々住民にも責任はある。便利さや安さばかり追い求めて何でも通販で済ませたり。今さら何を嘆いても潰れた側からすれば何を言ってるんだという気持ちだろう。
コロナ禍があったからという見方もできるが、あれが無くてもじわじわと衰退していたし、いずれ同じ結果になっていただろうと思う。
それでも、通販やネットを利用できる世代はまだましである。それらを利用することが難しい高齢者は大変だ。コンビニに行けば無愛想な店員、買い出しは専用バスでしか行けない、無人レジやスマホでオーダーは訳が分からない……いずれ自分もそんな「置いていかれる側」になるのかと思うと何とも言えない。
「地方創成」だの「街おこし」だのと言うけれど、こんなんでどうやって活気を出せというのだろうか。
そんな感じだから、個人的にはそのうち、せめてお話の中だけでも元気な人達の姿を描写できればいいなあと思ったりしている。
*1:今住んでいる街には、1軒も本屋が無い。こういうのは今時普通なのだろうか。
活動限界、今のところ60分
もう何年も、集中力が続かない状態が続いている。
本を読むにしろ何か書き物をするにしろ、特に測っているわけでもないのにどういうわけか60分くらいで集中が切れてしまい、それ以上続かなくなる。*1
娯楽でも似たようなもので、ゲームや音楽を聴くといったことも60分もすると「もっと他にやるべきことがあるのでは?」という気持ちになり、やめてしまう。で、やめたからといって何か有益なことを始めるわけでもないのが余計にたちが悪い。*2
鬱状態の人の傾向みたいな解説動画を見てみたのだが、鬱になると快楽を高める神経伝達物質のドーパミンがあまり分泌されなくなり、報酬系がうまく働かなくなるので何をやっても楽しくないと感じるらしい。
こういうのを専門的にはアンヘドニア(快楽消失)と呼ぶらしいが、自分はまさにこの状態であると強く感じる。とにかく何をやっても「こんなことをしていていいのだろうか」という感情が先に来てしまう。
こんな状態で、能動的な活動が長く続けられるわけがない。
治療法としては、トリンテリックス等の薬物療法があるが、現在すでに3種類も服用しているので割といっぱいいっぱいである。出来れば行動療法などで症状を改善したい。
身近なところから少しずつ行動を改善していくとなると、能動的な活動をしている時には意識的にポジティブな感情を(芝居でもいいから)持つようにすることと、出来る限り活動時間を長くとるように心がけるといったところだろうか。無理は禁物なので、最初は何かをする場合には90分継続することを目標にするくらいがいいだろう。
ただ、自分には過集中の傾向があるので、途中休憩を挟むようなことはむしろ積極的に行ったほうがいいかもしれない。
あるいは、90分以上続けて何かを行った場合には記録しておくというのでもいい。一週間くらいで振り返りをすれば励みになったり、何もできなくとも次にはこうしようとか思いつくかもしれない。
とにかく、あまり負担にならない範囲で何か足掻いていきたい。
人間らしい暮らしを求めて - どんどん捨てる -
部屋の片付けは、断続的に進行中。
とにかく、不要なものはどんどん捨てている。

裏に何も書いていない紙の束。メモとかに使えるしSDGsだしということで(嘘です。そこまで考えてません)大量に溜めこんでいたのだけど、邪魔だし、何より未使用のコピー用紙がかなりあるのでそれ使えばいいじゃんということで、まとめて捨てることにした。
ちなみにこの写真で半分くらい。どんだけ溜め込んでんのかと。

不要な服。もう絶対着ないものとか、汚れが酷いものとか、擦り切れたり穴のあいたものとか。あまり捨てると不安になったりもするが、足りないならちゃんと着られるものをまた買えばいいということで思い切って大量廃棄。
これだけ捨てても、まだ段ボール3箱分くらい残っている。何故かほとんど冬服。仮に捨てずに着回したとしたら向こう10年くらいは外出用の服には困らないのではという気がする。
他にも写真に撮る前に処分したものとして、マウス等のPCアクセサリとかゲームハードとかアダプタ、コード類とか。これらは近所のスーパーに回収ボックスが設置されていたので有り難く利用させてもらった。ノートPC本体も受け付けているらしいので、そのうち古いものを処分したい。
これでだいぶ部屋の段ボールも減ってすっきりしてきたけど、まだ半分くらいは残っている感じ。次はほとんどの物を床に置いている状態を何とかしたい。先は長い。
※もう去年の投稿数を上回ってしまった。人間やる気をちょっと出せばこうも違うものか。
時間の使い方が下手すぎる
ずっと以前からの生活習慣というか、時間の使い方に関してなのだが、恐ろしく下手だなあといつも思う。
何でもかんでも鬱のせい*1にはしたくないのだが、それでもこうも普通とはかけ離れているとそうしたい気持ちにもなってくるというものである。
どうしても、休みの日を無為に過ごしたという感覚が拭えない。
いや、休みなんだから別に何をしたって(しなくたって)いいと言われれば確かにそうなのだけど、何をするにせよ、自分の中で納得する気持ちが欲しい。そこが得られないということは、やはり良くない過ごし方をしているのだろうと思う。
大体が無気力のなせる業なのだが、具体的にどう良くないことをしているのか。少し考えただけで3つほど思い浮かんだ。
1については多くの人が経験のあることだと思うが、それでも気づくと3時間、4時間経っているというのはちょっといただけないなあと。明け方までやってしまうこともよくあるのは更に良くない。
対策らしい対策を思いつかないのが厄介なところなのだが、とにかく地道に、意識的にこういう時間を減らしていくしかないと思う。例えばこうやってつらつらとブログ用の文章を書いているだけでもだいぶ違ってくるので、頭や手を何でもいいから動かして相対的に無為な時間を減らすという考え方でもいいかもしれない。
2については例えば価格.comでPCパーツを延々物色したりとか、SteamやGOGでウィッシュリストをやはり延々と眺めたりという何の生産性もない行動をしがちということで、まあ最近はPCパーツを少しまとめて購入してから価格.comはあまり見なくなったので、買いたいものがあればあまり躊躇わずにポチってしまうのが一番の対策だと実感している。幸い浪費癖は無いので破産するほど欲しいものがあるわけでもないし。
ウィッシュリストの覗き癖もSwitchでゲームをするようになってから減ったように思う。ゲームに時間を使うことの善し悪しはあるが、まだましな時間の使い方をしているかなという実感は多少ある。
3が一番の悪癖だと思っていて、何か面白そうなものを見つけた時にすぐに体験しないで後にしようと先延ばしして、結局何も見ない読まない聴かない。何かもっと面白いものがあるのではないかという気持ちが常に自分の中にあって、探すほうにばかり労力を割いてしまう。更に良くないのは、買ったものまで放置してしまうこと(所謂積読とか積みゲー)。これも意識的に消化する方向に舵を切っていかなければなあと思っている。
良くない点として挙げてはみたが、こうやって多少なりとも分析じみたことをしているだけでもだいぶ良いし、あとは客観的になるために毎日したことの記録をつけた方がいいかななどと考えている。
というか書くだけでだいぶ気持ちがすっきりと落ち着いてくる。ここの所コンスタントにブログを更新できているので、習慣として根付いてくれたらいいなと思う。
人間らしい暮らしを求めて - 衣装ケース購入と設置 -
前回挙げた、部屋が汚い原因の1つである「衣装ケースが無い」という問題は簡単に解決できる。というわけで、早速手頃なものを注文した。
これくらいの価格のほうが、いざ処分するとなっても未練無く捨てられて良い。
当然購入前に設置場所の寸法は測っておいた。その辺抜かりはない。
特に色とかデザインといったものには拘りはない。周囲と調和が取れていればそれで満足である。
商品到着後、間を置かず組み立てにかかる。さすがにこの程度は難なくできた。途中上下と前後を間違えて組み直したがこんなものはトラブルの内に入らない。多分。
で、服の詰まった段ボールをどけて、中身を詰め替え、設置。

見事にぴったり。よしよし。やはり事前の採寸は重要である。
この写真だけだと綺麗に周囲が片付いたようにも思えるが、そこは汚部屋と呼ぶに相応わしい部屋である。真後ろを撮ってみると……

汚ねええええええ
ゴミやらペットボトルやらカップ麺やらが未だ散乱している。こいつらを始末しないことには次に進むことはできない。
そんなわけで、片付けは続く……
人間らしい暮らしを求めて - 序章 -
どんな人間にも、大なり小なり他人には言い辛い秘密というか、隠し事のようなものはあると思う。それは行為であったり(こっそり詩を書いているとか)、思想信条であったり(自分以外は皆愚民だと思っているとか)、身体的なことであったり(ヘソの横から長さ15センチの毛が生えているとか)とまあ様々である。そして大抵それらは他人にとって何だそんなことかと思われるような些細なものだったりする。
私の場合もそれは存在する。わりかし多いので今ここで全てを開示するわけにはいかないのだが、さすがにそろそろ手を打たないとやばい状況になりつつあるということが1つあり、恥を忍んで打ち明けてしまうと、それは長年
「部屋が乱雑なまま放置している」
ということだったりする。
あ、そこのあなた、早速「そんなことで」とか思ったでしょ。今時汚部屋なんて珍しくもないと。ではどのくらい言い辛い状況になっているのかを順にお聞き頂こう。
- PCパーツを組み立てないまま床に箱置きしている
ゲーミングPC相当のマシンを組むだけのパーツとウルトラワイドのモニタはあるのだが、全て放置して、5年くらい前のノートPCで賄っているという状態。立派なPCだけ汚部屋に置いて配信しているような人はよく見かけるが、それよりも余程悪い。
- 音楽機材も箱から出さずに放置している
ざっと見回しただけで、ミキサー、MIDIコントローラー、スピーカー、エフェクターなど。曲を作りたいという気持ちだけ持ち続けて機材に触れもしないどころか拝みもしないという。何やってんだか。
- 床がケーブルとACアダプタ地獄
こればっかりは仕方がないというか。いい整理方法ありませんかね?
- 本棚が無い
本はそこそこの数あるのに。なので、昔から家にある食器棚に本を詰め込んでいる。が、それでも入りきらない本は床置き。
- 衣装ケースが無い
引っ越してきてからこの方(10年以上!)、服を段ボールに詰めたままである。これが部屋中に散らばっている。あるいは普段着るようなものは重ねて放置している。
- デスクが無く、布団の上で生活している
もうこれが一番人としてどうなのと思うのだが、作業も仕事も全部布団の上というのはどう考えてもあり得ない。リモートワーク万歳。
そしてノートPCの前にいる時はずっと布団に肘をついている状態のため、両肘が黒く変色してしまった。毎年春夏になると母親にみっともないと愚痴られるのは実に情けない。おまけに今年から事あるごとに尿素クリームだか何だかを肘に塗られている。実に情けない。
とまあ、鬱のせいかやる気のなさのせいなのか、とにかくそれらが積もり積もってという感じで、おおよそ人間らしい生活環境とは言い難い場所となり果てているわけである。
しかし、ここで打ち明けてしまったからには、何とか人並の暮らしができる部屋にしてしまおうと、今重い腰を上げつつある。
とりあえずできるところから片付けていって、どうなったのかを順次ここで報告していこうと思う。
年内に片付いたらいいなあ……