電柱脇の随想ノート

創作に繋がる何か

問題は「やる気のなさ」ではなく

 以前にも書いたけど、去年から抗うつ剤(ミルタザピン)を服用している。それはもちろん抑うつ症状が出ているからで、じゃあ具体的にどんな具合なのかというとこれが本人にもはっきりとこれですと言えるようなものでもなく、なんとなくやる気が出ないといった類のボンヤリとしたものであることで、なんだか気持ち悪いし周囲の理解もなかなか得られないしで困っていた。

 

ただ、これに関して昨晩ちょっとした認識の変化に至る出来事があったので記録しておこうと思う。

 

 

現在のところ、自宅ではMacBookをメインに使用している。ただだいぶ古いマシンなので、キーボードにガタが来ているため、有線の外付けキーボードを繋いでいる。

 

昨晩、ふと「そういえば日本語入力周りの操作が煩雑だなあ。そういえばMacならKarabiner-Elementsとかいうのを入れれば色々設定できるんだったっけ」なんてことを思いながらせっせと弄っていた。あらかた設定を済ませたところで、「そうだ、キーボードを英語のレイアウトのまま使っていたんだった」と思い立ち、システムの設定で日本語キーボードに変更。これで格段に使いやすくなった…

 

ここで、突然あることに気付く。

 

…なんで、今まで英語レイアウトで使っていたんだ?

 

考えてみても、合理的な理由は思いあたらない。別に自分はPC初心者でもなんでもないので、キーボードの設定なんて一瞬で済むはず。なのにこれまで、少なくとも年単位で、使いにくい英語レイアウトで使い続けてきた。なぜ?やる気がなかった?いや違う…

 

…あ。

 

「直すことそのものを思いつかなかった」んだ。

 

しばし愕然とした。それはそうだ。こんな単純なことが「思いつかなかった」のだから。どこまで無能なのかと。

 

と同時に、今までモヤモヤとしていた感覚がひとつはっきりと目の前に現れたような気がした。

 

 

今まで精神科の先生にも「なんとなくやる気が出ない」というふうに説明してきたし、周りの人達にもポツポツではあるがそのように言ってきた。すると当然、アドバイスとして気分転換のためにこれをすればとか、逆に今は無理をせず過ごしたほうがいいとか言われる。その度になんとも納得しがたい、なんとも言えない気持ちになっていた。

 

当然だ。

 

それ以前の問題なのだから。

 

少なくとも、今現在本当に人間らしい生活をしているとは言い難い状態にある。部屋の中はカオスだし、外出もほとんどしないし、食事も全く気を使っていない。それがやる気のなさで片付けられるとちょっと違って、「人並の生活をするために何をしたらいいか」が頭の中から完全に抜け落ちている、とでも言ったらいいだろうか。あまり分かってもらえる自信がないんだけど。

 

本当に、言葉で的確に説明することも難しいのだけど、自分に備わっているものの質を向上させるというよりも、目の前にあるはずなのに見えていないものを探すことこそ、今自分がやることなのではないか。そんなふうに思えてきたのだ。

 

ただ面倒なのは、ここで安易に精神論に陥って、「自分はなんてダメな人間なんだ、もっと努力せねば」みたくなるとまた精神が磨り減ってしまう。だからここで頑張ります宣言もしない。今回の発見によってこの先の見通しがちょっとでも明るくなったのなら今はそれで良しくらいに考えておこう。